2011年10月15日19:50

舞阪大太鼓祭りを始めて経験し、素人目線で驚きながらその経験
を書いてまいりましたが、稲荷山から神輿のおたちを迎えたとこ
ろでこのお話はおしまいとなります。
前夜10月9日の準備から10日宵祭り、11日の本祭りの夕方まで、こ
こで体力が尽きてしまい、取材を終了、いまさらながらに祭りの
最高潮の神輿お山納まりの21:00までもたなかったのが残念。
ここからは来年の宿題とさせていただきます。

舞阪に来て、何か役に立ちたいと思い、南浜名湖あそび隊の一員
として潮干狩りの弁天島遊船組合の間瀬組合長を訪ねて多くの漁
師さんと出会いを与えていただきました。
間瀬さんからは舞阪町史(2巻)を貸していただき、舞阪の町の
歴史などを学びはじめました。

※神輿を守る列で歩かれていた鈴木五重廣先生、列の中で声をか
けられませんでした。失礼ながら写真を撮らせていただきました。
そして舞阪町観光協会が開催する「BMP(舞阪町弁天島マイスタ
ープロジェクト)」勉強会で舞阪の歴史家、鈴木五十廣先生の講
義を受け、豊富な写真や資料を見てますます歴史と町について興
味を持ちました。
今回祭りの取材をするにあたり、さまざまにアドバイスをいただ
いたことも感謝しております。

そして弁天島遊船組合で知り合い、舞阪のことを知り隊ならと
「舞阪大太鼓まつり(舞阪町郷土資料館発行の本)」を貸してい
ただいた渡辺正一さんに感謝いたします。

そして前日準備から沿道を案内していただいた哲昌丸の和久田哲
男さん、共に歩いていただいた船上カメラマンさん、声をかけていた
だいた妙将丸の鈴木船長(はまなこ里海の会)、さまざまに教えてい
ただいたさ地元のみなさん。
お招きいただいた誠洋丸の鈴木船長、そして海人丸の荒熊船長、
千葉丸の大場船長、地元や舞阪港でお会いする皆様や地元の皆様
にさまざまなご厚意をいただきました。
舞阪は独自の文化を今も大切に残す舞阪町の魅力の一端を知った
思いの今年の大太鼓祭り、ご厚意に感謝しつつこれからも地域を
学び知りたいと思います。
全てのみなさまに感謝します。そして来年こその思いで一年のは
じまりの岐佐神社祭典に向けて励みたいと思います。
舞阪大太鼓祭り 感謝と共に学ぶ≫
カテゴリー │舞阪大太鼓祭り2011

舞阪大太鼓祭りを始めて経験し、素人目線で驚きながらその経験
を書いてまいりましたが、稲荷山から神輿のおたちを迎えたとこ
ろでこのお話はおしまいとなります。
前夜10月9日の準備から10日宵祭り、11日の本祭りの夕方まで、こ
こで体力が尽きてしまい、取材を終了、いまさらながらに祭りの
最高潮の神輿お山納まりの21:00までもたなかったのが残念。
ここからは来年の宿題とさせていただきます。

舞阪に来て、何か役に立ちたいと思い、南浜名湖あそび隊の一員
として潮干狩りの弁天島遊船組合の間瀬組合長を訪ねて多くの漁
師さんと出会いを与えていただきました。
間瀬さんからは舞阪町史(2巻)を貸していただき、舞阪の町の
歴史などを学びはじめました。

※神輿を守る列で歩かれていた鈴木五重廣先生、列の中で声をか
けられませんでした。失礼ながら写真を撮らせていただきました。
そして舞阪町観光協会が開催する「BMP(舞阪町弁天島マイスタ
ープロジェクト)」勉強会で舞阪の歴史家、鈴木五十廣先生の講
義を受け、豊富な写真や資料を見てますます歴史と町について興
味を持ちました。
今回祭りの取材をするにあたり、さまざまにアドバイスをいただ
いたことも感謝しております。

そして弁天島遊船組合で知り合い、舞阪のことを知り隊ならと
「舞阪大太鼓まつり(舞阪町郷土資料館発行の本)」を貸してい
ただいた渡辺正一さんに感謝いたします。

そして前日準備から沿道を案内していただいた哲昌丸の和久田哲
男さん、共に歩いていただいた船上カメラマンさん、声をかけていた
だいた妙将丸の鈴木船長(はまなこ里海の会)、さまざまに教えてい
ただいたさ地元のみなさん。
お招きいただいた誠洋丸の鈴木船長、そして海人丸の荒熊船長、
千葉丸の大場船長、地元や舞阪港でお会いする皆様や地元の皆様
にさまざまなご厚意をいただきました。
舞阪は独自の文化を今も大切に残す舞阪町の魅力の一端を知った
思いの今年の大太鼓祭り、ご厚意に感謝しつつこれからも地域を
学び知りたいと思います。
全てのみなさまに感謝します。そして来年こその思いで一年のは
じまりの岐佐神社祭典に向けて励みたいと思います。