弁天島橋めぐり 十七橋を巡る

イチロー@南浜名湖.com編集長

2013年03月07日 19:15



大きな橋めぐり地図はこちらです。

かつての東海道の舞阪宿は江戸より三十番目の宿として賑わ
い、東海道が海に突き当たり船で海路一里を新居(あらい)宿へ
渡しをしておりました。

舞阪から橋(弁天橋)で渡る弁天島は古くより海水浴や行楽の
地として発展し、昭和に弁天島の北の浅瀬が埋め立てられて
美しい名を持つその島には多くの保養荘や別荘が建てられま
した。今は当時の名残を残す静かな住宅地となっています。

この弁天島の島々を結ぶ橋を紹介しようとこのブログの運営に
力をいただいております「舞阪海幸彦さん」の企画と写真で弁天
島と舞阪の橋めぐり
を連載いたしました。
十七橋をめぐる旅で橋とその周辺の紹介を行うことができました。
感謝いたします。



橋めぐりの連載を行う中で、古くから弁天島に住む人に橋の名の
由来と覚え方を教えていただきました。

JR弁天島のある弁天島から北へ、蓬莱橋を渡るとそこは蓬莱園、
蓬莱園から日の出園へ渡る橋を日の出橋、さらに北に進んでち
どり橋を渡ればそこは千鳥園となり、渚橋の向こうが渚園となる。

千鳥園を西に向かえば観月橋を渡って観月園に至り、おとめばし
を渡って乙女園となると教えていただいたのです。

弁天島橋めぐりはかつて埋め立てられながら新しい島を仲間に迎
えた弁天島の歴史に繋がります。
その橋めぐりは弁手島の散策の流れと到着する先を予測する橋の
名がつけられていることを知りました。

普段は車で通り過ぎてしまう橋はその名に歴史を持っています。
そして弁天島に住む人たちの心を知ることができるのです。

休みを使い橋を巡って写真を撮り、多くのお話を聞かせていただ
いた舞阪海幸彦さんに感謝いたします。

※南浜名湖橋めぐり「舞阪・弁天島の橋めぐり

※企画・写真:舞阪海幸彦さん

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